読書百冊意自通ズ覚書

読んだあと、何かしらの余韻を残していく物語たちを、みんなどんな風に読んでいるのだろう?The note of reading one hundred books makes you understand more clearly.

スカイフォールに関する覚書 ―― 過去との決別、新たな00へ [007 スカイフォール]

 アクションは派手さはなく重めだが迫力あり。

 テーマが暗い。画面もどんどん暗くなる。

 暗く、なにもないボンドの生地で、Mもろとも過去を葬り去る、というのが話の軸だったんだろう。ボンドカーも粉微塵。生家も跡形も残らないほど派手に爆発。

 ボンドの生地で、Mが過去に追われて死ぬ。それは時代の終わりを表している。

 そしてMは、今までの敵――犯罪が新たな形に取って代わったわけではなく、これから戦わなければならない敵について、最後に明確にして示唆している。

 

 ボンドガールの存在感意味がなさすぎだ。

 ダニエル・クレイグになって、ボンドの軽妙さというのはほぼ皆無になったよね。と同時に、ボンドガールの存在意義も、形式的を通り過ぎてお飾りにもならない程度になった印象。

 もはや、新しい00シリーズには、ちゃちに見える軽さも、それに付いてくるボンドガールも不要というわけだ。

 

 今回の敵は、目的も手段も理論破綻しているところはなかったし、手段がなかなか見せてくれたので、それはよかった。 ハビエル・バルデム、猟奇的な役似合うな……あれは上手いということだろうか。

 しかし、レクター博士的なキャラクター性が強すぎるのではないか。というか、レクター博士の登場が、「頭脳派の猟奇犯罪者」のキャラクターを決定付け過ぎているのだろう。この手のキャラクターがみんな似たり寄ったりになってしまうのは、なにもスカイフォールだけではなく、他のほとんどの作品において同じ現象なのだ。それだけ、レクター博士インパクトは強烈だったというわけですな。

 

 まーでも、ダニエル・クレイグ扮するボンドは、やっぱり軍人だったな~ もはや私のイメージのボンド(ショーン・コネリーだけど)ではない。でも時代はそれを求めていない……というより、製作陣が新しいボンドを生み出そうとしているという印象を受けた。そして当然、軍人ボンドが好きな人も多いだろう。

 個人的には、これならもはや00シリーズじゃなくてよくね~?という気もするけど。 Qの子がかわいくてよかったな。