読書百冊意自通ズ覚書

読んだあと、何かしらの余韻を残していく物語たちを、みんなどんな風に読んでいるのだろう?The note of reading one hundred books makes you understand more clearly.

ユダヤ人と疎外社会 ―ゲットーの原型と系譜

ゲットーについて書かれたのが本書である。ユダヤ関係の本を連続して読むのなら、ゲットーは一度は勉強しておいていい題材だと思うので、適切な本だったと思う。

 

 しかし、前作の『ユダヤ人と有史以来』[1]と同様、無教養(というか、教養うんぬん以前に、理解力の問題?)の自分には、いささか荷が勝ちすぎたというか……難しかった。

 

 ただ、ゲットーという、ユダヤ人の生活の場についての論文(「本書はワースの学位論文であ」る(p.386 参照) のだ)なので、ユダヤ人の生活や、ユダヤ教について――信仰に篤いユダヤ人の生活は、そのものが信仰と言って過言ではない――よく知ることができて、良かったと思う。

 

 それから、訳者の註が原註とは別に訳註として章ごとに巻末に添えられいるのだが、これがひじょーに良かった!訳註が付いていて良かったという点と、訳註そのものが良かったという、両方の点において、である。

 訳註がとても丁寧に書かれているし、日本人(つまり予備知識のない人)を対象とした史実などの解説もあるので、本当に助かった。

 西洋では常識的な史実も、日本人にとっては常識というほどではなく、よほど歴史に造詣が深くないと知らないこともたくさんある。出来事があったことは知っていても、その詳細はよく知らない、ということも多いのではないだろうか。

 そんな点から見ても、この訳註はとても役立つ。

 

 本書について、全体的な感想を書くことは非常に難しいので、気になった箇所を一部になるが少しずつ見ていきたい。

 ちなみになぜ全体的な感想を述べることが難しいかというと、自分の頭が悪いせいで、全体像でこの難しい論文を理解することができないからである。言うまでもないが。

 

 ユダヤ人が信仰に篤いことは、諸々の出来事からよくわかるが、その信仰の篤さというのは、ユダヤ教の厳格さによるところが一つ挙げられるような気がする。そして、ほぼ無神論無宗教の日本人にとっては、信じられないくらい自分の信仰が一番!で、他の信仰を排斥する。

 ユダヤ教が分派していく中でも、どの派においても特に重大問題視されているのは、異教徒との結婚である。ここでの「異教徒」というのは、八〇パーセントくらいキリスト教のことを指しているようだ。彼らのキリスト教に対する対抗心というか、排斥態度はけっこう過激である。ちょっと無神論無宗教の日本人には、理解できないレベルではないだろうか。

 

 ザングヴィルというユダヤ人の、「かれの詩「ゴーイーム」(The Goyim) (背教徒) のなか」(p.149参)で、背教徒 (The Goyim) ――非ユダヤ教徒――について描かれている。その中には、

「けれど背教徒の極悪人、、、、、、、、それはキリスト教徒と呼ばれる者、、、、、、、、、、、、。」(p.150 傍点引用者)

とあり、キリスト教に対する、ユダヤ人の在り方が伺える。

 しかしこれは逆もまた然りで、それにどちらかといえば、ユダヤ人がキリスト教徒はじめ、その他の諸宗教諸民族に迫害されてきたという歴史的事実の方が多いだろう。

 

 本書『The Ghetto』によると、

「ヨーロッパにおけるユダヤ人のもっとも初期の歴史は、ユダヤ人とキリスト教徒との間に自然に芽ばえた個人的な自然な関係から、形式的・法的・抽象的な交際への漸進的推移を示している。この推移は、(中略)一般的な従来の交際がくずれ、皇帝や皇教の仲介を要するような危機が起こるとともに始まった。この変化の過程にあって、ユダヤ人は特殊な地位を獲得した。しかし、それは、ユダヤ人自身の自意識を強めたばかりでなく、近隣の人々の目には、三者〔よそ者〕テルティウム・キッドとして、ユダヤ人を際立たせることになったのである。」(p.31 参照)

 

 こうして人種として「よそ者」視されるようになったユダヤ人は、差別の歴史を歩み始める。

 すでに西暦三〇五年に、「キリスト教徒がユダヤ人と親しく交際することを禁じた、数件の法令を定めさせ」られている。そしてキリスト教は、ユダヤ人をキリスト教徒へ改宗させようともする。

教皇の大きな目的の一つは、いかなる手段を用いてもユダヤ人をキリスト教へ改宗させる事であった。[2]」(p. 76 参照)

 

 また、これまでユダヤ人が金融に深く関わることについていくつかの本で触れ、しかしそれは一体どういうことなのか?なぜユダヤ人が高利貸しや銀行家(例えばロートルシルト家[3] (Rothchild family)――はユダヤ人である)なのか、その理由がわからなかったのだが、本書によって、その謎が解けた。

 曰く、

「中世の教会の方針は、商売と金融を原罪と結びつていた。(中略)その禁制ゆえに、商人と銀行家の職業は好ましくないように思われていた。キリスト教の聖職者は、「ユダヤ人の魂の危機」について煩わされることはなかった。なぜなら、彼らが知る限りでは、ユダヤ人はどのみち呪われているのであり、救済すべき魂を持たなかったからである。」(p.38)また、「ゾルバルトは、(中略)ユダヤ人は、交際上手の天性(中略)によって、商人になることに適しているが、職人となるにはそれほど適していなかった(中略)。ユダヤ人は、広く散らばって交際を行なったし、数カ国語に精通していた。縁故者をもっていたし、若干の財産も所有していた。(中略)さらに、ユダヤ人は、金銭をとり扱う際に、他の人々のように宗教が妨げとなることがなかった。そこで、ユダヤ人は金貸しや銀行家となった、、、、、、、、、、、。」(p.162傍点引用者)

 

 このように他宗教、他民族から長い間差別視される「ユダヤ人」とは、一体どういう人々を指すのか。

 ユダヤ人とひと口に言っても、そこにはドイツ系、ロシア系、スファルディ系、ポルトガル系、アメリカ系のユダヤ人、アフリカのユダヤ人など様々な人種タイプが存在し、さらに住んでいる地域によってユダヤ教も分派したり(保守派や改革派、正統派などに分かれているという)、地位にも差があるようである。

 

「伝統的見解にしたがえば、ユダヤ人とはセム[4]に属し、何世紀にもわたる離散に身を委ねながら、その血の純潔を擁衛してきた人々ということになる。しかし(中略)ユダヤ人の身体的特徴が決して一様でなく、またセム族が元来一言語集団にすぎないことから、ユダヤ人の多くが他のセム語系諸族に見られるものと異なった、一つのタイプを持っている。」(p.82)

 という記述からも、「ユダヤ人」をある一つのタイプとして分類することができる、ことがわかる。

 けれども、それではユダヤ人とは、一体どんな人のことを指すのか?というと、

「いまだに、ユダヤ人が人種なのか民族なのか、あるいは宗教集団ないしは文化集団なのかに関して、基本的な縺れは解かれていないというありさまである。」(p.82)

 という。

 非ユダヤ人である側からすると、これはある意味納得という気がする。ハタから見てもこれだけ雑然混沌としているのだ、そうなるのも当然、という感じだろうか。

 ルイス・ワース氏は「人種としてのユダヤ人」(p.82〜91)の中で、ユダヤ人とは皮膚の色か、はたまた顔立ちなのか、振舞いなのか等々考察しているが、ユダヤ人がユダヤ人をユダヤ人たらしめるのは、

ユダヤ人をしるし付けるものは、肉体ではない。それは魂である。」(p.91)

 というのは、極めてユダヤ、、、、であるといえよう。

 

 ユダヤ人が、集団である地域――ゲットー――へ隔離されてきたことは、差別的な迫害によるものではあるが、ゲットーについて研究した本書では、これが生まれたのは、迫害による強制的な理由だけではない、と以下のように考察している。

ユダヤ人はあらゆる点からして一つの文化共同体ともいえるところにかなり大勢住居して」おり、「そこは、明らかにユダヤ人をとり囲むキリスト教文化やムスリーム文化から遊離していたのであった。(中略)ディアスポラ[5]の開始以来、(ユダヤ人は)移り変わる運命と休みない放浪を幾世紀にもわたって続けた(中略)移住の過程で、地球の人里離れたところに定住したが、ユダヤ人は集団生活を行なった」

 

 つまり、ゲットーとして隔離され、それが「物理的障害としてあらわれる以前」から、ユダヤ人は自発的に「人里離れたところ」に「集団生活を行な」う人々だったのである。

 アメリカへ移住してきたユダヤ人がゲットーへ住みつき、自分が住んでいる、シカゴの「ジェファーソン・ストリートが、ゲットーのほぼ中心にあたることを発見するまでに、二十年かかった」(p.292)という。ユダヤ人は自然とゲットーへ住みつくのだ。

アメリカに(中略)ゲットーがあるということは夢想だにしな」いユダヤ人でさえ、ごくごく自然にゲットーに吸い寄せられるということである。

 このように、自分が住んている場所がゲットーだとは夢にも思わなかったアメリカへの移住者は「ウェスト・サイドの何百もの、いや何千もの家族」(p.293)であるという。

 

 ユダヤ人にとって、信仰と生活は決して切り離せない。コーシェル肉を食べ、シャバットではシナゴーグで礼拝し、ありとあらゆる宗教的規約――律法トーラー――を守らなけれなならない。

 そのためには、コーシェルを売る肉屋があり、シナゴーグがあり、ラビのいる地域に住むことが最も理にかなっており、そうして集ったユダヤ人地区がゲットーとなるのである。ユダヤ人が知らずゲットーへ行き着くのも、当然の帰結と言えるだろう。

 

 しかし、差別やポグロム、重税などの迫害の中で、多くのユダヤ人がゲットーからの脱出を計る。

ユダヤ人がゲットーから出て外部世界において人間的性格を装うとき、ゲットーは没落する。しかしこの自由には制約があるから、(中略)ユダヤ人と非ユダヤ人の距離が生ずる。そこに、ゲットーへの後退がはじまる。」(p.336)

 ゲットーや「ユダヤ人共同体の統一を保持してきたものは、失意のユダヤ人が帰還したということだけではない。」とルイス・ワースは言う。

「かれらは、かつてゲットーの外へ道を求め、失意のあげく帰還した。そして民族主義と人種的自覚を主唱する者になった。しかし、単にそれだけではなく、多数者社会がユダヤ人共同体を一つの社会としてとり扱った事実もあるのである」(p.324)

 そして「明らかなことは、外部からの圧力が一集団の連帯をもたらす、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。その程度には限界がないということである。」(p.328傍点引用者)

 

 こうして再び、ユダヤ人はユダヤ人としてユダヤ人の集団で生活する。それはユダヤ人としての孤立に他ならない、とルイス・ワースは言う。

ユダヤ人の孤立は、身体的なたちから起生したのではなく、あまりにも不明確な、そしてあまりにも不触知な性格から起生したことは、著しいほどのことである。それは、言語、習慣、情緒、伝統および社会形態の相違のために、相互コミュニケーションの欠落により起生した孤立のタイプであった。われわれが考察したように、ゲットーとは物理的事実であるというよりも、むしろ精神の状態なのである。ユダヤ人の孤立は、群集のまっただなかにいながらも孤独を感じている人の孤立のタイプに似ていたのである。」(p.345)

 

 ユダヤ人に関する悲劇の歴史や様々な差別や迫害については、宗教的対立という背景が大きいところは自ずと思い当たるところだが、問題点はそれだけではない。

 現在でもイスラエルパレスチナの問題は解決しておらず、ユダヤ人に対する人種差別も残っている。

 ユダヤ人に限らずだが、多くの人種的、宗教的諸問題を解決していくには、まず相手の文化、歴史、人種的・宗教的特性や自分の持つ文化との相違点を知ることなくして、なしえないのだということを強く感じるのである。

 

 自らもユダヤ人でありながら、ここまで客観的なゲットー論――ユダヤ人論を書き上げたルイス・ワース氏には心からリスペクを捧げ、またこのような難解極まる論文を――「本書はおびただしい引用文、ドイツ語やイディッシュ語ヘブライ語が相当箇所に用いられており、かなり難解」(p.389)と本人も「訳者あとがき」で述べている――見事に日本語に翻訳された訳者にも敬意を捧げたい。

 

The Ghetto, University of Chicago Press, 1928 by Louis Wirth

ユダヤ人と疎外社会―ゲットーの原型と系譜 (1971年)

ユダヤ人と疎外社会―ゲットーの原型と系譜 (1971年)

 

notes

[1] ユダヤ関連の本をまとめて読んでおり、前作は『ユダヤ人と有史以来』だった。

[2] Philipson, op. cit., PP.143-145(p. 359 原註21参照)

[3] ロスチャイルド家のこと。

[4] セム族 (Semitic People) Sémites。アラビア半島、半アフリカ、地中海東海岸地方で、セム語を用いる諸族の総称。具体的には、アッシリア人、アラム人、バビロニア人、フェニキア人、ヘブライ人、アラビア人など。ノアの長男セム(Sem)の子孫と伝えられている。(p.363)

[5] Diaspora。「祖国なき民」(p.350)