読書百冊意自通ズ覚書

読んだあと、何かしらの余韻を残していく物語たちを、みんなどんな風に読んでいるのだろう?The note of reading one hundred books makes you understand more clearly.

プードル・スプリングス物語

未完のままチャンドラーがこの世を去ってしまった後で、後世のハードボイルド作家、ロバート・B・パーカーが後を引き継ぎ、完成させたのがこの『プードル・スプリングス物語』である。

プードル・スプリングス物語 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

プードル・スプリングス物語 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 


 チャンドラーが書き終えそこねた小説が、他の作家によって完成され、出版されているという事を知ってもちろんすぐ読んでみたいと思ったけれど、何より興味を引かれたのは、それが「前年『プレイバック』を刊行の後、再び創作意欲を燃やした作者が、マーロウが登場する長編として(中略)書き始めた作品 で」(p.285)、『長いお別れ』に登場したハーラン・ポッターの娘、リンダ・ローリングとマーロウが結婚してからの物語だというところである。


 マーロウのような男の結婚生活が一体どんなものになるのかという、想像に難い上に、いささか下世話な好奇心もさることながら、どちらかというとリンダ・ ローリングという女性とフィリップ・マーロウという探偵とが、永続的な関係を築こうとしたらどうしていくのだろう、という点に興味があった。そう、私はリン ダ・ローリングを買っていたのだ。


 そして、やはりリンダとマーロウの結婚生活は上手くいかなかった。

 大半の人はそう考えるだろうし、実際この物語を書いたロバート・B・パーカーもそう考えたのだろう。


 けれど、私にはそうは考えられなかった。特に、「愛しあっている」という理由から、離婚はしても2人は離れないという結末を読んだ後で、それはいっそう強くなった。
 果たして、「一緒には生活できないと思う。でも、だからと言って、恋人同士でいられないわけはないでしょう?」(p.282)なんていう状態に、マーロウも、そしてリンダも、甘んじる事ができるのだろうか?否、そんな事をするのだろうか、、、、、、、
 もしこの2人に起きている、始めから起こりうるであろう事がわかっていた問題を、マーロウとリンダがお互いに解決できないのなら、この2人は 始めから結婚しなかった、、、、、、、、、、、――チャンドラーは結婚させなかった――のではないだろうか?

 

 もちろん、この物語はチャンドラー自身が完成させた訳ではないし、だいいち、チャンドラー自身が書き残したたった4つのチャプターにさえ、この結末を匂わせる記述がなされている。

 チャプター1で早くもマーロウが軽口でリンダを怒らせ、「私たちが結婚してまだ三週間と四日しかたっていない。」と マーロウがこぼしているくらいなのだ。

 リンダのような女性でさえマーロウにはついてゆけず、孤独な探偵は結局は孤独にハードな人生を送ってゆくしかなく、 しかしそれこそがフィリップ・マーロウであり、ゆえにこの結末は、マーロウの結婚物語として妥当なものと言えるのかもしれない。


 それでも私はリンダ・ローリングはそんな事の連続や、マーロウが全く自分の意志を曲げずにいて、少しも彼女の生活との接点を持ってくれない事にどうしようもない苛立ちを感じたりする事――この部分はロバート・B・パーカーの記述部分によく描かれており、2人の不幸な(?)結末の伏線の役割を見事に果たしている――なんかに屈する女性じゃないと感じている。

 つまり、そういう障害を乗り越えられるであろうと思わせるものがあった(前作までに)から「私はリン ダ・ローリングを買っていたの」であり、またチャンドラーがマーロウの妻にしたのだと思えるのだ。

 

 リンダはチャプター2、チャンドラーの描いた部分でこう言っている。

 

「(前略)結婚したのは、あなたを愛しているからだし、あなたを愛している理由の一つは、あなたが誰のためにも――時には私のためにすら――自分の考えを曲げない点なの。私はあなたを安っぽい人間にしたくない。精一杯、あなたを幸せにしてあげたいだけなの。」(p.15)

 

 こういう女性だからこそ、チャンドラーはマーロウとリンダを結婚させたのだと思う。

 私はチャンドラー自身がこの物語を書き上げられていたら、結末は違ったものになったのではないかと思っているけれど、それでもこのロバート・B・パーカー氏が、たった4つのチャプターの続きのほとんどを書いた事で、こうして またフィリップ・マーロウに出会える楽しみを得られたのだから、それはやはり幸せな事なのだろう。

 

Original: "POODLE SPRINGS", 1989